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笑えばいいって本当でしょうか。
慶應義塾大学文学部 准教授
平石 界
(ひらいし かい)
Profile — 平石 界
東京大学大学院総合文化研究
科博士課程退学。東京大学,京
都大学,安田女子大学を経て,
2015年4月より現職。博士(学
術)。専門は進化心理学。
ハダカデバネズミという動物がいます。哺乳
類のくせにアリやハチみたいに女王や兵隊や働
きネズミがいるという奇妙な動物で,その存在
を知ったのは20世紀末のことでした。手に入
る情報といえば教科書のモノクロ写真くらいの
もので,そこから色や大きさ,重さ,動き,声
を想像して身悶えたものです(大げさ)。それ
が今やどうですか。検索すればあっというまに
数多の記事と写真,そして動画までが見られる
のです。インターネット万歳。
何の話かというとご質問の件です。楽しいか
ら笑うのか,笑うから楽しくなるのかって問題
は,かのウィリアム・ジェームズも取り上げた
19世紀から続く一大テーマでして,近年は「顔
面フィードバック仮説」って形で検討されてき
ました。唇に触れないようにペンを歯で咥える
と,ニッと笑った「笑顔」の形になる。その状
態で漫画を見ると面白さが倍増する※
という研究
が有名ですね(Strack et al., 1988)。20世紀の
心理学界の重要な仕事の一つといえるでしょう。
しかし時代は21世紀。「未来予知は,できま
す!(Bem, 2011)」なんて論文を業界のトッ
プジャーナルが掲載してしまったものですから
大騒ぎになって,「教科書に載ってるアレもア
レもアレも本当はアレなんじゃ」みたいな疑心
暗鬼が心理学界を跳梁跋扈するようになってし
まい,そのとばっちり……というと語弊があり
過ぎですが,顔面フィードバックも追試しよう
と話が盛り上がります。現代の追試は徹底して
いて,十分な数の参加者(>1000人)を集め
てガッツリやる。となると一つの研究室では到
底無理だから,17ラボが共同でやる。手続き
を万全にすべく元論文の著者含め専門家に意見
もきく。結果にかかわらずちゃんと公表される
よう雑誌から事前に掲載許可も取りつける。お
祭りのようなビッグプロジェクトの成果が発
表されたのが2016年で,結果はネガティブで
した(Wagenmakersら, 2016)。形だけ笑顔を
作っても楽しくなることはない。なんだそれ笑
えない。当時はがっくりきたものです。
ところが世の中には「まだまだ終わらんよ」
と考えた人たちもいて,敵対的チームによる共
同研究に乗り出しました。仮説に支持的な人た
ちと,懐疑的な人たちが,一緒にアイディアを
出し合って研究プランを立てたんですね。これ
なら結果を見てからの後出しジャンケン的な誹
謗中傷が避けられます。共同研究は今まさに進
行中で,2019年1月に予備実験の結果が報告さ
れました。今のところポジティブ。顔面フィー
ドバックは効くかも(Colesら, 2019)。おお。
インターネットの存在がこれらの共同研究を
強く後押ししたことは間違いないでしょう。加
えてこれら研究の詳細はネット上で公開されて
いて,通信環境と読解力さえあれば,誰でも楽
しめます。追試論文は誰でもダウンロードでき
るオープンアクセスですし(そうでない論文も
世の中には多いのです),敵対的共同研究の報
告はPsyarxivという原稿共有サービスで公開
されています。素晴らしい。読んでみると研究
者の悲喜こもごもが行間どころか行そのものか
らビシビシ伝わってきて一読の価値ありです。
最も涙を誘うのが追試論文におけるランカス
ター大学はLynottさんラボの記述でしょうか。
目標である200名のデータを集めるべく奮闘し
たものの,洪水と停電で大学が閉鎖されちゃっ
て158名しか集められなかったという告白が書
かれていてですね。そんな時でも笑顔を忘れな
いことが大事。と言えるのかどうか,敵対的共
同研究の本実験が楽しみです。
※すみません,盛りました。Cohenのdで0.82です。